二十三夜に魅せられて
東京・檜原(ひのはら)村の石塔石仏と各地の二十三夜塔を訪ねて
2018年8月31日金曜日
茨城県 / 土浦市
(サク)廿三夜供養塔
土浦市田村町の八坂神社から鷲神社へ向かう途中に見つける。付近を「三夜原」と言うようだ。柱状型だがポッキリと折れている。
すぐ前には柱状型の馬頭観音が並んでいる。廿は十が二つ並列した形。
2018年8月27日月曜日
茨城県 / 土浦市
元禄十四辛巳天十月十五日
土浦市東部の田村町。八坂神社の東南約300mの木立の中に薬師堂がある。堂脇にたつ勢至菩薩像。可愛らしい顔立ちに見えるが、残念ながら顔の三分の一程が欠けている。
元禄十四年(1701)は300年以上前になる。光背部分の向かって右側は文字が摩耗してしまったか。左はくっきりと彫られているが、彫りなおされたのかもしれない。
2018年8月24日金曜日
茨城県 / 土浦市
寛政四子年
十月二十三日
願主大川新左エ門
土浦市田村町の八坂神社下のもう一つの勢至菩薩像塔。連座の上に立つ。寛政四年壬子(みずのえね)は1792年で226年前となる。
霞ヶ浦沿岸から蓮田が拡がり、その奥の丘陵付近に田村の集落がある。
2018年8月21日火曜日
茨城県 / 土浦市
二十三夜供養
田村上郷中
・・・辰十月 男女
土浦駅から北東約3.6キロ。田村町の公民館のそばで、八坂神社に上る石段脇斜面にいくつかの石仏がある。勢至菩薩の像塔は古そうだが、年代は読めない。
となりは如意輪観音の十九夜待供養塔。
2018年8月19日日曜日
茨城県 / 土浦市
二十三・・・
文政・・・
土浦市東部の手野町。石田公民館の南西170mあたりの墓地に見つける。
二つに折れていて、文字もほとんど読み取れないが、長方形板状の二十三夜塔は珍しい。
2018年8月12日日曜日
茨城県 / 土浦市
(サク)廿三夜供養塔
寛政四子年 石田 講中
十月二十三日
土浦市の東部、旧上大津村地域。広い蓮田の中に集落が島のように見える。
石田公民館のそばの四社神社や老舗の鰻屋さんがある一角に、ひっそりと石塔や石仏が並んでいる。
丸みをおびた輪郭の自然石に浅い彫りで、文字は見えづらい。となりは安永八年(1779)の不動明王立像。寛政四年は1792年。
2018年8月9日木曜日
茨城県 / 土浦市
(月・日)二十三夜惣村念佛
安永四 施主
土浦市の市街地北部、木田余(きだまり)町。どこまでも蓮田が続くなかに、蓮根の集荷場(跡?)があり、片隅に石仏・石塔が並んでいる。
勢至菩薩像の裳裾の端がくるんとめくれ上がっている。安永四年は1775年。
2018年8月7日火曜日
茨城県 / 土浦市
(サク)二十三夜塔
文化十一甲戌年 正月吉祥日
□
者 講中
土浦市の旧新治村地区東城寺。お寺の山門から真っすぐ下る道路沿いにたっている。しっかりとした彫りの大型の石塔。
並んでたっているのは、文化十二年(1815)の十九夜塔。そちらは「男女 講中」となっている。
新しい投稿
前の投稿
ホーム
登録:
投稿 (Atom)