二十三夜に魅せられて
東京・檜原(ひのはら)村の石塔石仏と各地の二十三夜塔を訪ねて
2016年6月28日火曜日
山梨県 / 道志村
廿三夜
教育委員会の冊子では嘉永元年とあるが、確認できない。隣の庚申塔の側面には嘉永元戊申と彫られている。同時期と判断されたのかもしれないが、書体は違う。
山梨県道志村竹之本地区。役場の近くで、道志道から旧道らしい南側へはいる。川を渡った先の民家の庭先に、庚申の文字塔と並んでいる。
2016年6月23日木曜日
山梨県 / 道志村
廿三夜
文久二壬戌年十一月立之
山梨県道志村の椿地区。道志道から旧道の方へ橋を渡り、少し山側へ登ったところに、庚申塔や馬頭観音、聖徳太子塔と一緒に並び立っている。
文字の下に像が見られるが、勢至菩薩か。文久二年みずのえいぬは1862年。
2016年6月19日日曜日
山梨県 / 道志村
廿三夜供養
施主 富治良
山梨県道志村の大室指地区。旧道の山の中に入っていくと、旅館がありそばに石塔が並んでいるのが見えた。名号塔や地蔵尊、文字庚申塔などの右端に小型の二十三夜文字塔。
廿の文字が丸の中にある。供養の養は、上下が左右になった異体字。
周りの草が気持ちよく刈られていた。
2016年6月16日木曜日
山梨県・道志村
二十三夜供養
施主講中
安永四乙未天 七月廿三日
道志村の入口、月夜野地区。道志道から北の脇道に入る。おそらく旧道か。
畑仕事をしてる方に尋ねるが、はっきりは分からない。少し先に石があったようなと言われて、行ってみる。
向かって左は、「聖徳太子」、中が二十三夜塔。台座の上に像塔があったのかもしれない。右は馬頭観音とあるが、元の形も不明。真ん中に穴があってコインが詰っていた。積み方が違うのかもしれない。
安永四年乙未(きのとひつじ)は1775年。 約240年前。
2016年6月8日水曜日
水神宮 / 和田
水神宮
昭和八年三月吉日
檜原村人里(へんぼり)の和田地区。旧道沿いに川の方を向いて建っている。
ほかにも文字が彫られているように見えるが、はっきりしない。文字は赤く塗られていたようだ。
2016年6月5日日曜日
万霊塔 / 和田
○ 三界萬霊等
黙堂
檜原村和田地区の山側、以前はお寺があったが、今は古い墓地だけが残るあたりの畑にたっている。
「檜原村の石仏第二集」にある、「事貫」地区の安永三年の三界萬霊等が見つからない。となりの集落なのでもしかしたら移動?と思ったが、資料の写真をよく見ると字体が少し違う。
全体の雰囲気はそっくりなのだが。
2016年6月3日金曜日
馬頭観世音 / 和田
馬頭観世音
吉野安兵衛
安政三丙辰天八月廿五日
平べったい石に小さめな文字の、馬頭観音の文字塔。
安政三年丙辰は1856年。
旧道の山側斜面。すぐ上に小祠が並んでいる。今はその上が都道。
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