2016年11月19日土曜日

横浜市 / 都筑区

廿三夜塔

文政九戌年

八月吉日

川和上村 講中

川和駅より横浜上麻生道路を北方に800mほど行った道脇に、角柱型の石塔が並んでいる。
嘉永二年の地神塔。嘉永五年の庚申塔。電柱の後ろ側に仏像塔(道標)残欠が見える。市の文化財報告書によると「右かなかわ道 左八□うし道」とあるそうだ。神奈川道と八王子道か。
すぐ先の小祠に青面金剛の庚申塔がたくさん集まっている。像塔は賑やかで、いい。
川和でもこの辺りは<上村」>と呼ばれたようだ。

文政9年は1826年。今から190年前。











2016年11月13日日曜日

横浜市 / 都筑区

二十三夜塔

明治四十一戊申年四月吉日建之

宿講中

横浜市都筑区川和町。地下鉄駅の西側の天王社。かっては古い街道だったと思われる道筋。
江戸の頃、「川輪」と表記されたこともあるようで、そばを流れる鶴見川が曲がりくねっていたか、よく氾濫したという。
この地域の石塔は石柱型が多い。こちらも四段(元々は三段?)の立派な基礎を持ち、建立の費用もかかりそう。

「宿」とあり、これは小字で市も開かれていたらしい。天王社は、祇園八坂神社の牛頭天王か。











横浜市 / 都筑区

二十三夜塔

明治四十一戊申年四月吉日建之

宿講中

横浜市都筑区川和町。地下鉄駅の西側の天王社。かっては古い街道だったと思われる道筋。
江戸の頃、「川輪」と表記されたこともあるようで、そばを流れる鶴見川が曲がりくねっていたか、よく氾濫したという。
この地域の石塔は石柱型が多い。こちらも四段(元々は三段?)の立派な基礎を持ち、建立の費用もかかりそう。

「宿」とあり、これは小字で市も開かれていたらしい。天王社は、祇園八坂神社の牛頭天王か。











2016年11月12日土曜日

横浜市 / 緑区

二十三夜塔

弘化三丙午歳十一月日

武刕都筑郡北八朔村

現在は緑区北八朔町。横浜市営地下鉄の川和駅から西へ、直線距離で500mの所にある十二神社。
由来には、もとは仏教の天部十二天から、「十二天社」だったが、神仏分離により現在の社名に改称されたとあります。境内社には浅間宮や天満宮もあり、村の鎮守の面影を残しています。
南に直線距離740mの小山町日枝神社の二十三夜塔と同じ年の建立。年号表記もそっくり。武刕・・・刀が3つ重なっているのは「州」・・・武州。「リ」が3つ並んでいる形ですね。
石垣沿いに文化三年(1806)、今から210年前の庚申塔や、文化十四年の地神塔などがならんでいます。








横浜市 / 緑区

二十三夜塔

弘化三丙午歳十一月日

武刕都筑郡北八朔村

現在は緑区北八朔町。横浜市営地下鉄の川和駅から西へ、直線距離で500mの所にある十二神社。
由来には、もとは仏教の天部十二天から、「十二天社」だったが、神仏分離により現在の社名に改称されたとあります。境内社には浅間宮や天満宮もあり、村の鎮守の面影を残しています。
南に直線距離740mの小山町日枝神社の二十三夜塔と同じ年の建立。年号表記もそっくり。武刕・・・刀が3つ重なっているのは「州」・・・武州。「リ」が3つ並んでいる形ですね。
石垣沿いに文化三年(1806)、今から210年前の庚申塔や、文化十四年の地神塔などがならんでいます。