廿三夜塔
文政九戌年
八月吉日
川和上村 講中
川和駅より横浜上麻生道路を北方に800mほど行った道脇に、角柱型の石塔が並んでいる。
嘉永二年の地神塔。嘉永五年の庚申塔。電柱の後ろ側に仏像塔(道標)残欠が見える。市の文化財報告書によると「右かなかわ道 左八□うし道」とあるそうだ。神奈川道と八王子道か。
すぐ先の小祠に青面金剛の庚申塔がたくさん集まっている。像塔は賑やかで、いい。
川和でもこの辺りは<上村」>と呼ばれたようだ。
文政9年は1826年。今から190年前。
2016年11月13日日曜日
2016年11月12日土曜日
横浜市 / 緑区
二十三夜塔
弘化三丙午歳十一月日
武刕都筑郡北八朔村
現在は緑区北八朔町。横浜市営地下鉄の川和駅から西へ、直線距離で500mの所にある十二神社。
由来には、もとは仏教の天部十二天から、「十二天社」だったが、神仏分離により現在の社名に改称されたとあります。境内社には浅間宮や天満宮もあり、村の鎮守の面影を残しています。
南に直線距離740mの小山町日枝神社の二十三夜塔と同じ年の建立。年号表記もそっくり。武刕・・・刀が3つ重なっているのは「州」・・・武州。「リ」が3つ並んでいる形ですね。
石垣沿いに文化三年(1806)、今から210年前の庚申塔や、文化十四年の地神塔などがならんでいます。
弘化三丙午歳十一月日
武刕都筑郡北八朔村
現在は緑区北八朔町。横浜市営地下鉄の川和駅から西へ、直線距離で500mの所にある十二神社。
由来には、もとは仏教の天部十二天から、「十二天社」だったが、神仏分離により現在の社名に改称されたとあります。境内社には浅間宮や天満宮もあり、村の鎮守の面影を残しています。
南に直線距離740mの小山町日枝神社の二十三夜塔と同じ年の建立。年号表記もそっくり。武刕・・・刀が3つ重なっているのは「州」・・・武州。「リ」が3つ並んでいる形ですね。
石垣沿いに文化三年(1806)、今から210年前の庚申塔や、文化十四年の地神塔などがならんでいます。
横浜市 / 緑区
二十三夜塔
弘化三丙午歳十一月日
武刕都筑郡北八朔村
現在は緑区北八朔町。横浜市営地下鉄の川和駅から西へ、直線距離で500mの所にある十二神社。
由来には、もとは仏教の天部十二天から、「十二天社」だったが、神仏分離により現在の社名に改称されたとあります。境内社には浅間宮や天満宮もあり、村の鎮守の面影を残しています。
南に直線距離740mの小山町日枝神社の二十三夜塔と同じ年の建立。年号表記もそっくり。武刕・・・刀が3つ重なっているのは「州」・・・武州。「リ」が3つ並んでいる形ですね。
石垣沿いに文化三年(1806)、今から210年前の庚申塔や、文化十四年の地神塔などがならんでいます。
弘化三丙午歳十一月日
武刕都筑郡北八朔村
現在は緑区北八朔町。横浜市営地下鉄の川和駅から西へ、直線距離で500mの所にある十二神社。
由来には、もとは仏教の天部十二天から、「十二天社」だったが、神仏分離により現在の社名に改称されたとあります。境内社には浅間宮や天満宮もあり、村の鎮守の面影を残しています。
南に直線距離740mの小山町日枝神社の二十三夜塔と同じ年の建立。年号表記もそっくり。武刕・・・刀が3つ重なっているのは「州」・・・武州。「リ」が3つ並んでいる形ですね。
石垣沿いに文化三年(1806)、今から210年前の庚申塔や、文化十四年の地神塔などがならんでいます。
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