地蔵尊
明治廿八亗十二月日
檜原村中里地区の墓地の脇に、山の方へ向かう細い道がある。
柚子の木の下に、この辺りでは珍しい地蔵の文字塔。
すぐそばに人の住まなくなった家がある。その家の方は道路沿いに移住されても、正月に酒とお餅を供えられている。今年はあっという間に猿が来て、餅を取り合ったのか、石塔も倒れていたとか。
やっと読めた「亗」は、「歳」の異体字。
明治でも28年は、120年以上も前。
2017年2月9日木曜日
神奈川県 / (旧)津久井町
廿三夜
文政七年正月正月吉日
馬石村講中
津久井町鳥屋地区の入口、馬石の家並みが始まる辺り。道路わきの石垣の上に石仏・石塔が集まっている。旧津久井町教育委員会のつくい町歴史地図にある「馬石石仏群」がこれか。文政七年甲申は1824年。
文政七年正月正月吉日
馬石村講中
津久井町鳥屋地区の入口、馬石の家並みが始まる辺り。道路わきの石垣の上に石仏・石塔が集まっている。旧津久井町教育委員会のつくい町歴史地図にある「馬石石仏群」がこれか。文政七年甲申は1824年。
2017年1月29日日曜日
神奈川県 / (旧)津久井町
廿三夜
文政六年十一月吉日
旧津久井町でも南側、宮ケ瀬湖を渡る虹の大橋の近くの鳥屋地区。
県道が交差する地点に諏訪神社があり、石垣脇に石塔が並んでいる。馬頭や百番、大きな名号塔など、古い街道の趣を残す。文政六年は1823年。半月型。
文政六年十一月吉日
旧津久井町でも南側、宮ケ瀬湖を渡る虹の大橋の近くの鳥屋地区。
県道が交差する地点に諏訪神社があり、石垣脇に石塔が並んでいる。馬頭や百番、大きな名号塔など、古い街道の趣を残す。文政六年は1823年。半月型。
2017年1月21日土曜日
神奈川県 / (旧)津久井町
廿三夜
天保七□三□□□
神奈川県相模原市緑区(旧津久井郡津久井町)長竹の韮尾根地区。東側の志田峠に通じる古道だったのか、古木のそばに石塔が並んでいる。周りは開けていて、古よりそのままのような心休まる場所となっている。
年紀等は津久井町教委の石仏調査報告書より。高さ130センチと出ているが、下部は土に埋まっている。
天保七□三□□□
神奈川県相模原市緑区(旧津久井郡津久井町)長竹の韮尾根地区。東側の志田峠に通じる古道だったのか、古木のそばに石塔が並んでいる。周りは開けていて、古よりそのままのような心休まる場所となっている。
年紀等は津久井町教委の石仏調査報告書より。高さ130センチと出ているが、下部は土に埋まっている。
2017年1月18日水曜日
神奈川県 / (旧)津久井町
二十三夜
天保四年正月吉日
長竹村講中
相模原市緑区長竹の白山神社の近く。わかれ道の所に百番観世音や名号塔などと並んで、自然石の二十三夜塔。 文字には墨が入っている。正面は勢いよく、力強く。裏の年号以下は赤で。
天保四年は1833年。
天保四年正月吉日
長竹村講中
相模原市緑区長竹の白山神社の近く。わかれ道の所に百番観世音や名号塔などと並んで、自然石の二十三夜塔。 文字には墨が入っている。正面は勢いよく、力強く。裏の年号以下は赤で。
天保四年は1833年。
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