2019年9月30日月曜日

群馬県 / 伊勢崎市

廿三夜

(左)当所 信者中

(裏) 明治廿六年十二月吉日

群馬県伊勢崎市の最南部、八斗島町の稲荷神社。すぐ近くを利根川が流れる。川向うは埼玉県本庄市。
八斗島町では同年齢の男性の「講」だったようだ。
資料には市内の二十三基の二十三夜塔が載っている。うち十九基は文字塔だが、当石塔の文字はかわいい。落款印も彫られている。明治二十六年は1893年。




庚申塔や大黒天、二十二夜塔も並んでいる。二十二夜塔の文字もユニークだが、そちらは嘉永五年(1852)と少し古い。台座に「当邨女人講中」とある。






2019年9月2日月曜日

埼玉県 / 旧名栗村(現:飯能市)

(正面)青面金剛像 三猿

(裏面)月待供養塔

(右側面)武州秩父郡下名栗村小沢 願主 拾一人

(左側面)延享四年丁卯八月吉日
       赤沢村 久保平左衛門
       清 滝 町田 平蔵

埼玉県旧名栗村(現在は飯能市)の下名栗小沢(こざわ)にある虚空蔵堂の前にたっている。庚申と月待を兼ねている。名栗村史には「庚申の日には庚申を、月待の日には月を拝し、ともに、風雨順時、五穀豊穣、家内安全、天下泰平を祈念したものであろう」とある。
虚空蔵様の祭日は7月23日と説明板にでていた。延享四年は1747年。






2019年7月30日火曜日

茨城県 / 美浦村

奉待月天子廿三夜・・

元禄七年甲戌九月吉日 敬白

端山村同行二十一人

茨城県稲敷郡美浦村大字土浦字端山。土浦駅からだと南東に約15キロ。資料には西照院跡とあるので、以前は寺院があったようだ。残っている建物は中央の淡島神社と向かって右が御稲荷様、左には厄除大師の石像が二体。
敷地の端に石塔が並んでいる。寛政の十九夜塔も見える。元禄七年甲戌(きのえいぬ)は1694年。





2019年7月23日火曜日

茨城県 / 美浦村

(月・日)(梵字サク)二十三夜待供養塔

宝暦二天請領邑

壬申十月吉日 講中

茨城県稲敷郡美浦(みほ)村。土浦駅から南東に約12キロの受領地区にある寿量院。今は無住のようだ。資料には(如来寺)と記されているが、800メートルほど北西にある如来寺の管理ということか。墓地のわきに石塔が並んでいる。

石塔は上部の月・日あたりが少し欠けている。彫られている地名は「請領(うけりょう)邑」だが、2001年に「受領」に変わったとある。宝暦二年壬申(みずのえさる)は1752年。




2019年7月14日日曜日

茨城県 / 土浦市

(サク)二十三夜尊

文政五壬午天

九月吉日村中

土浦市木田余(きだまり)。常磐線に沿う県道41号線沿いに、鳥居と社があり、中に美しい二十三夜の文字塔がたっている。資料「土浦の石仏」には見当たらない。土浦駅北東約3キロ。