廿三夜
(左)当所 信者中
(裏) 明治廿六年十二月吉日
群馬県伊勢崎市の最南部、八斗島町の稲荷神社。すぐ近くを利根川が流れる。川向うは埼玉県本庄市。
八斗島町では同年齢の男性の「講」だったようだ。
資料には市内の二十三基の二十三夜塔が載っている。うち十九基は文字塔だが、当石塔の文字はかわいい。落款印も彫られている。明治二十六年は1893年。
庚申塔や大黒天、二十二夜塔も並んでいる。二十二夜塔の文字もユニークだが、そちらは嘉永五年(1852)と少し古い。台座に「当邨女人講中」とある。
2019年9月30日月曜日
2019年9月2日月曜日
埼玉県 / 旧名栗村(現:飯能市)
(正面)青面金剛像 三猿
(裏面)月待供養塔
(右側面)武州秩父郡下名栗村小沢 願主 拾一人
(左側面)延享四年丁卯八月吉日
赤沢村 久保平左衛門
清 滝 町田 平蔵
埼玉県旧名栗村(現在は飯能市)の下名栗小沢(こざわ)にある虚空蔵堂の前にたっている。庚申と月待を兼ねている。名栗村史には「庚申の日には庚申を、月待の日には月を拝し、ともに、風雨順時、五穀豊穣、家内安全、天下泰平を祈念したものであろう」とある。
虚空蔵様の祭日は7月23日と説明板にでていた。延享四年は1747年。
(裏面)月待供養塔
(右側面)武州秩父郡下名栗村小沢 願主 拾一人
(左側面)延享四年丁卯八月吉日
赤沢村 久保平左衛門
清 滝 町田 平蔵
埼玉県旧名栗村(現在は飯能市)の下名栗小沢(こざわ)にある虚空蔵堂の前にたっている。庚申と月待を兼ねている。名栗村史には「庚申の日には庚申を、月待の日には月を拝し、ともに、風雨順時、五穀豊穣、家内安全、天下泰平を祈念したものであろう」とある。
虚空蔵様の祭日は7月23日と説明板にでていた。延享四年は1747年。
2019年7月30日火曜日
茨城県 / 美浦村
奉待月天子廿三夜・・
元禄七年甲戌九月吉日 敬白
端山村同行二十一人
茨城県稲敷郡美浦村大字土浦字端山。土浦駅からだと南東に約15キロ。資料には西照院跡とあるので、以前は寺院があったようだ。残っている建物は中央の淡島神社と向かって右が御稲荷様、左には厄除大師の石像が二体。
敷地の端に石塔が並んでいる。寛政の十九夜塔も見える。元禄七年甲戌(きのえいぬ)は1694年。
元禄七年甲戌九月吉日 敬白
端山村同行二十一人
茨城県稲敷郡美浦村大字土浦字端山。土浦駅からだと南東に約15キロ。資料には西照院跡とあるので、以前は寺院があったようだ。残っている建物は中央の淡島神社と向かって右が御稲荷様、左には厄除大師の石像が二体。
敷地の端に石塔が並んでいる。寛政の十九夜塔も見える。元禄七年甲戌(きのえいぬ)は1694年。
2019年7月23日火曜日
茨城県 / 美浦村
(月・日)(梵字サク)二十三夜待供養塔
宝暦二天請領邑
壬申十月吉日 講中
茨城県稲敷郡美浦(みほ)村。土浦駅から南東に約12キロの受領地区にある寿量院。今は無住のようだ。資料には(如来寺)と記されているが、800メートルほど北西にある如来寺の管理ということか。墓地のわきに石塔が並んでいる。
石塔は上部の月・日あたりが少し欠けている。彫られている地名は「請領(うけりょう)邑」だが、2001年に「受領」に変わったとある。宝暦二年壬申(みずのえさる)は1752年。
宝暦二天請領邑
壬申十月吉日 講中
茨城県稲敷郡美浦(みほ)村。土浦駅から南東に約12キロの受領地区にある寿量院。今は無住のようだ。資料には(如来寺)と記されているが、800メートルほど北西にある如来寺の管理ということか。墓地のわきに石塔が並んでいる。
石塔は上部の月・日あたりが少し欠けている。彫られている地名は「請領(うけりょう)邑」だが、2001年に「受領」に変わったとある。宝暦二年壬申(みずのえさる)は1752年。
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