廿三夜塔
天保十五年三月吉日
願主 山下市左エ門
奥多摩町留浦地区。奥多摩湖岸から蜂谷川沿いに少し北にはいったあたりに、旧小河内小中学校がある。そこを過ぎて少し行くと「雲風呂」というバス停があり、右手に普門寺。ダム工事により移転してきたとのこと。石段両脇に石造物が多い。
普門寺からさらに100メートル程行ったところにポツンと一基、二十三夜塔。
廿三夜塔
天保十五年三月吉日
願主 山下市左エ門
奥多摩町留浦地区。奥多摩湖岸から蜂谷川沿いに少し北にはいったあたりに、旧小河内小中学校がある。そこを過ぎて少し行くと「雲風呂」というバス停があり、右手に普門寺。ダム工事により移転してきたとのこと。石段両脇に石造物が多い。
普門寺からさらに100メートル程行ったところにポツンと一基、二十三夜塔。
奉称廿三夜塔
嘉永二年五月
JR奥多摩駅の近く。小学校そばの道沿い。
一見、ウルトラ怪獣のように見えなくもない。
銘文については、石川博司氏の資料では「・・・年五月」とあったが、
町の資料には嘉永二年とでていた。どこに彫られているか確認できず。
昭和40年頃、十軒で正月二十三日に「二十三夜講」が行われていたとある。
廿三夜
大正五年
世話人 大野・・ほか6人の氏名
東京都西多摩郡奥多摩町 奥多摩湖西側の峰谷橋から北西に3キロほど入った、山間の峰という集落。資料には宝福寺とあったが見当たらず、集会所のそばの斜面に墓地があった。
墓地の下段に石仏が並んでいる。延享四年(1747)の念仏供養塔や、古そうな庚申塔・弁財天供養塔など。二十三夜塔はそこには見当たらず、少し離れた道路わきの見晴らしのいい場所に一基のみでたっていた。