2016年10月30日日曜日

神奈川県 / (旧)相模湖町

廿三夜

 旧相模湖町の南端、道志川岸のキャンプ場の入口に小さな集落がある。「津久井郡文化財」によると戸数5で、「新戸」という地名や石造物の年代から見て、歴史的には新しい集落かもしれないが、山沿いに赤い鳥居の神社や墓地もあった。
 歩いても探せなくて地元の方に教えていただいた。そばに慶応三年(1867)の道祖神。










2016年10月26日水曜日

神奈川県 / (旧)相模湖町

廿三夜

元治二丑八月

道志地区の南端、南畑集落。道路は道志川に阻まれてUターンしている。集落の入口の沢のそばに古い石塔群。
寛延三年(1750)、享保十五年(1730)の二基の庚申塔や、観音像などと並んで、半月形の二十三夜塔。

元治二年は4月に慶応に改元されているが、上記のように読み取れた・・・どうでしょうか。











2016年10月23日日曜日

神奈川県 / (旧)相模湖町

廿三夜

上部が少し欠けていて、四角い板状に見える。文字に墨が入れてある。
年紀等は不明。となりは享保四年(1719)の庚申塔。
脇に階段があり、灯籠が立っている。城址に続くらしい。

旧相模湖町の道志地区の館(たて)。清光寺とは100メートル程しか離れていないが、少し登って、集落を異にするのでしょう。





2016年10月19日水曜日

神奈川県 / (旧)相模湖町

廿三夜

昭和九年 南講中

勲八等白色桐葉章 納○ 大熊太一郎

旧相模湖町、現在は相模原市緑区の道志地区(道志村は山梨県)にある、臨済宗建長寺派の清光寺。
少し離れたところに、表面が摩耗して文字が全く読めない石塔が立っていて、こちらも二十三夜ではと気にかかったが、「津久井郡文化財石造編」に、廿三夜の旧塔と考えられる・・・とあった。







2016年10月17日月曜日

神奈川県 / (旧)相模湖町

廿三夜

弘化三年五月

村中

相模湖の東南、関口地区集会所の隅に石仏等が集まっている。庚申塔や道祖神、光明真言塔、何体もの像塔。
二十三夜塔はどっしりとしている。上部が少し欠けている。


「津久井郡文化財・石造編」に「ショウ塚の婆さん」とあるのは、奪衣婆か。
檜原村の宝蔵寺にあるのは「サードの婆さん」と呼ばれている奪衣婆。やはり片膝立てて乳が垂れている。





神奈川県 / (旧)相模湖町

廿三夜

元治紀元甲子年再建

雪城澤俊郷拝書

JR相模湖駅の西側、甲州街道与瀬宿の旧道にはいってすぐのところに慈眼寺と与瀬神社への階段が並んでいる。中央高速を越える陸橋。階段の前に二つの石塔群がある。

元治紀元とは、元年(1864)のことか。年紀等は浅く彫られていて、再建とある。向かって右は名号塔。
神社よりの一群は、やはり元治紀元甲子の角柱型の馬頭尊、聖徳太子、蚕霊塔ほか。






2016年10月4日火曜日

八王子市 / 裏高尾

二十三夜

慈詳叟謹書

甲州街道で八王子側からJR高尾駅を過ぎ、小仏関所跡方向へ進む。圏央道をくぐり、位置的には高尾山の北側のあたり。お寺のすぐ後ろを中央高速が通る。
曹洞宗白雲山常林寺の入口に建っている。建立年は不明。二十三夜塔では珍しく、文字の彫りが細く浅い。となりは「庚申供養塔」。