(サク)廿三夜塔
天保四巳二月吉日
講中 人名多数
小田急線狛江駅から直線で南東約1キロ。狛江市駒井町にある圓住院。
門の内側に庚申塔や馬頭観音と並んでいる。石柱の頭や台座に丸い穴が見られる。「盃状穴」といわれているようで、長年何か念じながら石でこすったか。
燈明皿として月待の際に油を入れ灯をともしたと想像すると美しい。子供もままごとに利用して遊んだかもしれない。
狛江とか駒井とか、高麗に関係深い地名か。
天保4年癸巳は1833年。
サク 廿三夜待塔
(ウラ)泉龍十一主 一峯大圓叟 于時安永四乙未年十月吉祥日
(左) 願主 泉邑 石井又市
(右)銘曰 法性心月 朗恭慧光 照今輝古 子孫彌栄 (斬の下に耳)
東京都狛江市。 小田急線狛江駅の北口から北西400メートル。田中橋交差点のそばに稲荷神社がある。社と背中合わせに二十三夜塔と宝暦十三年の庚申塔が建っている。
田中橋と言っても川は見当たらない。コンクリート橋の親柱が、石塔のそばに保存されている。「泉龍」は近くの泉龍寺か。「泉邑」は付近の住所が今は元和泉となっている。
「斬の下に耳」の文字は不明。安永四年は1775年。宝暦十三年は1763年。
廿三夜塔
天保十五年三月吉日
願主 山下市左エ門
奥多摩町留浦地区。奥多摩湖岸から蜂谷川沿いに少し北にはいったあたりに、旧小河内小中学校がある。そこを過ぎて少し行くと「雲風呂」というバス停があり、右手に普門寺。ダム工事により移転してきたとのこと。石段両脇に石造物が多い。
普門寺からさらに100メートル程行ったところにポツンと一基、二十三夜塔。
奉称廿三夜塔
嘉永二年五月
JR奥多摩駅の近く。小学校そばの道沿い。
一見、ウルトラ怪獣のように見えなくもない。
銘文については、石川博司氏の資料では「・・・年五月」とあったが、
町の資料には嘉永二年とでていた。どこに彫られているか確認できず。
昭和40年頃、十軒で正月二十三日に「二十三夜講」が行われていたとある。