2019年10月8日火曜日

群馬県 / 伊勢崎市

稽首 二十三夜

(右)勢至菩薩 動三千界 光明法門 利益衆生

(左)夫二十三夜尊者月光減損則無明消滅・・・

   ・・時嘉永四辛亥九月 豎者法印伝海記

(裏面)総村女人講中 玄苗

(台石正面)近里 遠村 施入 国家 安穏

伊勢崎市戸谷塚町の観音堂。多くの石塔が並んでいる。
「稽首」は頓首に同じ。




右側の「二十二夜塔」は宝暦十一年(1761)



天明三年の浅間山の噴火による多くの死者が利根川の浅瀬にうちあげられた。村人たちが手厚く葬りその供養に地蔵を建てた。「夜泣き地蔵」と呼ばれているようだ。


2019年10月3日木曜日

群馬県 / 伊勢崎市

二十三夜  月讀尊

一菴美孝書(花押)

(裏面)慶應二年丙寅正月吉日  惣村中

伊勢崎市福島町の八郎神社。昔、非業の死をとげた群馬八郎満胤という人の霊を鎮める神社のようだ。(神道集巻第八)鳥居が赤いのも、そのような意味か。明治になり大正寺町の豊武神社に合祀され、社殿は八斗島町の稲荷神社に譲られたとか。のち、昭和の時代にふたたび分祀となり現在にいたる。




境内には多くの石塔が集まり、万延元年(1860)の二十二夜塔は「女人講中」とある。






2019年9月30日月曜日

群馬県 / 伊勢崎市

廿三夜

(左)当所 信者中

(裏) 明治廿六年十二月吉日

群馬県伊勢崎市の最南部、八斗島町の稲荷神社。すぐ近くを利根川が流れる。川向うは埼玉県本庄市。
八斗島町では同年齢の男性の「講」だったようだ。
資料には市内の二十三基の二十三夜塔が載っている。うち十九基は文字塔だが、当石塔の文字はかわいい。落款印も彫られている。明治二十六年は1893年。




庚申塔や大黒天、二十二夜塔も並んでいる。二十二夜塔の文字もユニークだが、そちらは嘉永五年(1852)と少し古い。台座に「当邨女人講中」とある。






2019年9月2日月曜日

埼玉県 / 旧名栗村(現:飯能市)

(正面)青面金剛像 三猿

(裏面)月待供養塔

(右側面)武州秩父郡下名栗村小沢 願主 拾一人

(左側面)延享四年丁卯八月吉日
       赤沢村 久保平左衛門
       清 滝 町田 平蔵

埼玉県旧名栗村(現在は飯能市)の下名栗小沢(こざわ)にある虚空蔵堂の前にたっている。庚申と月待を兼ねている。名栗村史には「庚申の日には庚申を、月待の日には月を拝し、ともに、風雨順時、五穀豊穣、家内安全、天下泰平を祈念したものであろう」とある。
虚空蔵様の祭日は7月23日と説明板にでていた。延享四年は1747年。






2019年7月30日火曜日

茨城県 / 美浦村

奉待月天子廿三夜・・

元禄七年甲戌九月吉日 敬白

端山村同行二十一人

茨城県稲敷郡美浦村大字土浦字端山。土浦駅からだと南東に約15キロ。資料には西照院跡とあるので、以前は寺院があったようだ。残っている建物は中央の淡島神社と向かって右が御稲荷様、左には厄除大師の石像が二体。
敷地の端に石塔が並んでいる。寛政の十九夜塔も見える。元禄七年甲戌(きのえいぬ)は1694年。