2016年11月27日日曜日

横浜市 / 都筑区

二十三夜塔

元治元甲子年暮秋穀且

講中

文政二年(1819)の堅牢地神塔や、青面金剛の庚申塔などが並んでいる。
「穀且」というのを調べると、「良い一日」とあった。元治元年は1864年。





八幡様の境内で子供たちが遊んでいました。参道、赤い鳥居、神楽殿もあります。
川和駅の北、500mあたり。









2016年11月21日月曜日

横浜市 / 都筑区

二十三夜塔

右 江戸みち

左 ゑたかんおん道

天保十三 □  四月 □ 日

川和駅の北へ800m程行ったあたり、現在は道路から少し入ったところに、樹齢400年と言われるイチョウの古木が立っている。市の案内板には、新編武蔵風土記稿にある「神明社」がここらしいが、境内の手洗石には「八幡山東明寺」と彫られている、とある。

「ゑたかんおん」は、荏田観音堂のことか。本尊は木造千手観音で近郊の信仰を集め、風土記稿に「毎月十七日に群衆せり」とでているそうだ。

天保13年は1842年。






2016年11月19日土曜日

横浜市 / 都筑区

廿三夜塔

文政九戌年

八月吉日

川和上村 講中

川和駅より横浜上麻生道路を北方に800mほど行った道脇に、角柱型の石塔が並んでいる。
嘉永二年の地神塔。嘉永五年の庚申塔。電柱の後ろ側に仏像塔(道標)残欠が見える。市の文化財報告書によると「右かなかわ道 左八□うし道」とあるそうだ。神奈川道と八王子道か。
すぐ先の小祠に青面金剛の庚申塔がたくさん集まっている。像塔は賑やかで、いい。
川和でもこの辺りは<上村」>と呼ばれたようだ。

文政9年は1826年。今から190年前。











2016年11月13日日曜日

横浜市 / 都筑区

二十三夜塔

明治四十一戊申年四月吉日建之

宿講中

横浜市都筑区川和町。地下鉄駅の西側の天王社。かっては古い街道だったと思われる道筋。
江戸の頃、「川輪」と表記されたこともあるようで、そばを流れる鶴見川が曲がりくねっていたか、よく氾濫したという。
この地域の石塔は石柱型が多い。こちらも四段(元々は三段?)の立派な基礎を持ち、建立の費用もかかりそう。

「宿」とあり、これは小字で市も開かれていたらしい。天王社は、祇園八坂神社の牛頭天王か。











横浜市 / 都筑区

二十三夜塔

明治四十一戊申年四月吉日建之

宿講中

横浜市都筑区川和町。地下鉄駅の西側の天王社。かっては古い街道だったと思われる道筋。
江戸の頃、「川輪」と表記されたこともあるようで、そばを流れる鶴見川が曲がりくねっていたか、よく氾濫したという。
この地域の石塔は石柱型が多い。こちらも四段(元々は三段?)の立派な基礎を持ち、建立の費用もかかりそう。

「宿」とあり、これは小字で市も開かれていたらしい。天王社は、祇園八坂神社の牛頭天王か。











2016年11月12日土曜日

横浜市 / 緑区

二十三夜塔

弘化三丙午歳十一月日

武刕都筑郡北八朔村

現在は緑区北八朔町。横浜市営地下鉄の川和駅から西へ、直線距離で500mの所にある十二神社。
由来には、もとは仏教の天部十二天から、「十二天社」だったが、神仏分離により現在の社名に改称されたとあります。境内社には浅間宮や天満宮もあり、村の鎮守の面影を残しています。
南に直線距離740mの小山町日枝神社の二十三夜塔と同じ年の建立。年号表記もそっくり。武刕・・・刀が3つ重なっているのは「州」・・・武州。「リ」が3つ並んでいる形ですね。
石垣沿いに文化三年(1806)、今から210年前の庚申塔や、文化十四年の地神塔などがならんでいます。








横浜市 / 緑区

二十三夜塔

弘化三丙午歳十一月日

武刕都筑郡北八朔村

現在は緑区北八朔町。横浜市営地下鉄の川和駅から西へ、直線距離で500mの所にある十二神社。
由来には、もとは仏教の天部十二天から、「十二天社」だったが、神仏分離により現在の社名に改称されたとあります。境内社には浅間宮や天満宮もあり、村の鎮守の面影を残しています。
南に直線距離740mの小山町日枝神社の二十三夜塔と同じ年の建立。年号表記もそっくり。武刕・・・刀が3つ重なっているのは「州」・・・武州。「リ」が3つ並んでいる形ですね。
石垣沿いに文化三年(1806)、今から210年前の庚申塔や、文化十四年の地神塔などがならんでいます。








2016年11月9日水曜日

横浜市 / 緑区

二十三夜塔

弘化三丙午歳

七月吉祥日 小山村中

世話人 鳥山孫右エ門 篠崎政右エ門

JR横浜線中山駅の北側を恩田川が流れ、それに沿うように成瀬街道。
丘陵が残る小山町に日枝神社がある。境内の端に石塔が並ぶ。
角柱型の二十三夜塔と、地神塔、道祖神。
弘化三年は1846年で、今から170年前。




2016年11月7日月曜日

横浜市 / 緑区

二十三夜塔

慶應二丙寅稔 二月吉日

願主 久保邑 刈谷玄春 吉沢太平

横浜市緑区三保町、JR横浜線の中山駅から少し歩いたところにある、舊城寺。室町期には上杉系の榎下城があり、慶長期にお寺が建てられて、旧城寺という(そのまんまの)名前になった。

本堂後ろが本丸跡で、山門の辺りに食い違い土手があったらしい。今は地蔵尊が並んでいる。
慶應二年は1866年。今からちょうど150年前。

寛文十年(1670)の地蔵立像の庚申塔や、元文五年(1740)の青面金剛の庚申塔など、さすがに古いものが多い。







2016年11月6日日曜日

横浜市 / 緑区

二十三夜供羪塔

天下泰平 五穀成就  講中

寛政十二庚申九月吉祥日佐□   新六  清山

十日市場村  勘右エ門 吉右エ門 良鶴

勢至菩薩が蓮華座に立って合掌する姿が浮き彫りになっている。可憐とも見える像は、文字塔がほとんどの二十三夜塔にあっては、貴重。

JR横浜線の十日市場駅の近く、宝袋寺の門前に石塔が並んでいる。お寺の名前は、敷地から巾着が出てきたことからと、ホームページにあった。日本昔ばなしのような話。
十日市場村は明治初年で64戸。昭和の初め頃の茅葺屋根の写真が載っている。

寛政12年庚申(かのえさる)は、西暦でちょうど1800年。216年前となる。