二十三夜に魅せられて
東京・檜原(ひのはら)村の石塔石仏と各地の二十三夜塔を訪ねて
2019年6月30日日曜日
茨城県 / 土浦市
(月 日) 二十三夜之・・
正保二年十・・・
高罡村善信・・・
土浦市高岡の高岡根農村集落センターそばの堂裏に、さびしく置かれている二十三夜塔。
正保二年十月は西暦1645年と古い。
「高岡村」の岡は資料によると部首「アミガシラ」の下が「止」になっている。
「罡」(コウ)の異体字のようだ。
2019年6月23日日曜日
茨城県 / 土浦市
(勢至菩薩像) 奉造立勢至菩薩
為二十三夜供羪也
(裏)延宝五丁巳年十一月二十三日
常州新治郡高岡郷根村
土浦駅より北西約8キロ。高岡根農村集落センターのそばに石塔や小さな堂が建っている。
所在地は高岡字寺山とあり、法雲寺というお寺がすぐ近くにある。
堂内に合掌する勢至菩薩像。延宝五年は1677年で342年前。
2019年6月15日土曜日
茨城県 / 土浦市
(月 日)(梵字 阿弥陀三尊)
奉待二十三夜供養之□
慶長十二年丁未正月吉日 敬白
右為信心施主等二世安楽也
土浦市高岡字遠藤久保の二十三夜堂内にある、二基の二十三夜塔のうち前面のもの。
慶長12年は1607年、今から400年以上前となる。堂の扉が閉まっていて全体が見えにくいが、市教委の案内板に写真があった。
案内板及び資料に、「石造二十三夜供養板碑」とされている。
2019年6月11日火曜日
茨城県 / 土浦市
二十三夜供養塔
寛政元己酉歳 高岡郷 願主
暮春念有三日 若者中
土浦市高岡の二十三夜堂の堂内に、二基の二十三夜塔が前後に並んでいる。
堂の外から石塔全体は見えないが、形は似ている。後ろ側のは寛政元年(1789)
2019年6月6日木曜日
茨城県 / 土浦市
(月 日) 奉 □ 二十三夜供養
□□年壬□ 二十三日
高岡・・・
土浦市高岡字遠藤久保の二十三夜堂とある。田宮集落センターの東南600メートル。
鳥居が木材で補強されているのが目に付く。堂の外に建つ1基。
石塔の上部は斜めに折れている。石質からか全体にスジがはいり、文字が読みにくい。
2019年6月2日日曜日
茨城県 / 土浦市
(月 日)為廿三夜待供羪奉造立旃者也
于時元禄四年 常州田宮村
辛未三月廿三日 願主二十五人
土浦駅から北西約8キロの、田宮地区集落センター。
旃(セン?)者というのはどういう意味なのか。
「常州」は常陸国(ひたちのくに)、茨城県北東部。
元禄4年は1691年。石塔の向かって左側は、時々見られるスカートのような形状。
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